筋肉は単独で働くのではなく、複数の筋が協調して関節運動を生み出すため、いわゆる「共同筋(synergists)」の役割が極めて重要です。これらの筋群が効率的に動員されることで、滑らかで安定した運動が実現されます。しかしながら、この動員パターンが崩れると共同筋のなかの一部の筋が過剰に動員され、他の筋とのバランスが失われる現象が生じます。こうした不均衡は臨床現場においても頻繁に観察され、運動の非効率化や痛みの原因となることがあります。
たとえば肩甲骨周囲筋においては、僧帽筋の上部繊維が過剰に活動しやすく、対照的に僧帽筋下部繊維の活動が抑制されるという動員パターンの不均衡がしばしば認められます。肩甲骨の安定性に重要な僧帽筋は、上部繊維が肩甲骨を挙上し下部繊維が下制方向に働くことでバランスを保ちます。しかし、肩こりや姿勢不良などによって上部繊維の活動が優位になりすぎると、下部繊維が適切に動員されなくなり、結果として肩甲帯全体が過剰に挙上された状態が習慣化してしまいます。
このような筋の動員不全に対して、単純に筋力強化を目的としたトレーニングでは効果が限定的である場合が多いです。
この点において、予測制御(フィードフォワード制御)の意義が重要になります。スポーツ動作では予期せぬ外力に対して即座に対応する必要がありますが、その際に感覚情報を待ってから筋反応を生じさせるフィードバック制御では対応が間に合わないケースが多々あります。例えば、膝関節に外反ストレスが急激に加わった際、内側側副靭帯が断裂してからでないと筋反応が起こらないとされ、これは予測的な筋活動が不十分であったことを意味します。
このような予測制御は脳の運動前野や補足運動野といった高次中枢に運動プログラムが事前に構築されていることが前提になります。従って、単関節運動や単純な筋力トレーニングだけでなく、環境変化を伴う多関節運動や多重課題(二重課題)を繰り返し実施することが、予測的な運動制御能力を高める上で極めて有効です。たとえば足関節の捻挫後には単純な腓骨筋の筋力強化のみではなく、不整地でのバランストレーニングやジャンプからの着地練習を通じて、多関節での連動性と予測制御能力を育成することが望まれます。
また、神経可塑性という観点からもこのようなトレーニングの有効性が支持されています。Jull(2004)は頸部や体幹の深部筋群における再教育が、単なる筋力増加よりも運動学習に近い形で中枢神経系を再組織化することに寄与する可能性があると述べています。つまり、筋力そのものを高めるのではなく、その筋を「いつ、どれだけ使うか」を神経系に再学習させることが本質的な再獲得に直結するのです。
関節安定性や運動効率を高めるためには、単なる筋力強化では不十分であり動員パターンの再構築こそが肝要です。そのためには動作の質を高める神経筋制御の観点からのアプローチが重要であり、特に予測制御を意識したトレーニングを組み込むことが、怪我の予防とパフォーマンス向上の両面において大きな効果をもたらします。