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アスリートのパフォーマンスと「運動イメージ」「運動準備」の神経科学的関係

アスリートが最高のパフォーマンスを発揮するためには、単に身体を鍛えるだけではなく、神経系の働きや脳内での運動制御メカニズムを理解し、それに基づいたトレーニングが重要です。その中でも「運動イメージ(motor imagery)」と「運動準備(movement preparation)」という二つのプロセスは、運動学習やパフォーマンス向上において極めて重要な役割を担っています。

運動イメージとは実際に身体を動かすことなく、自分が運動している様子を一人称視点で頭の中に描き出す行為を指します。脳科学的にはこのプロセスにおいて、実際の運動実行時とほぼ同じ神経活動が観察されています。特に背外側運動前野(PMd)、前補足運動野(pre-SMA)、一次運動野(M1)、帯状回運動領域、頭頂葉連合野、小脳などが活性化し、さらには脊髄前角の神経活動も高まることが報告されています。このことから運動イメージは単なる「想像」ではなく、実際の運動と近似した神経回路を駆動する「準運動」とも言えるのです。

一方、運動準備とは実際に運動を開始する直前の脳内での「シミュレーション活動」を指し、運動開始までの間に姿勢制御や力の出力を最適化するよう脳が準備を行うプロセスです。これもまた、前頭前野や補足運動野、基底核などを含む運動関連領域の広範なネットワークが関与することが示されています。興味深いのは、運動イメージと運動準備が神経活動的に非常に類似しており、両者は連続的なプロセスとして捉えられるという点です。

しかし、運動準備は運動実行と密接に結びついており、その直後に運動が始まるため無意識化されやすいのに対し、運動イメージは意識的に行うため、主観的な感覚の洗練に役立ちやすいといわれています。この意識化の有無が、両者の機能的違いとされています。

運動イメージが実際のパフォーマンスに与える効果については、数多くの実証研究があります。例えば、Guillot(2007)の研究では、スポーツ選手が運動イメージを繰り返すことで、運動パフォーマンスが有意に向上することが示されています。特にフォームや軌道の安定性が重要な「クローズドスキル」種目(陸上、体操、フィギュアスケートなど)において、筋感覚や関節感覚を伴った運動イメージが高い効果を発揮することが報告されています。これはフォーム自体が運動の成果に直結する種目においては、感覚的なフィードバックと脳内表象の一致が精度を高めるためと考えられます。

一方、サッカーやバスケットボールなどの「オープンスキル」種目では、運動イメージ単体よりも実際の動作を組み合わせた「イメージ×実行」の併用トレーニングがより効果的であるという研究もあります。これによりイメージと現実との誤差修正が促され、神経系がより適応的に学習することが可能となります。

また近年の研究では運動イメージ時においてもシナプス可塑性の変化、すなわち脳内の神経結合が変化し、学習が実際に進行していることが明らかになっています。これは単なる補助的な方法ではなく、神経学的に「練習」としての実効性があることを意味します。

アスリートのトレーニングにおいては、単に筋力や技術の向上だけでなく、「どう動くか」という感覚的戦略の構築、それを支える神経活動のシミュレーションとしての運動イメージの活用が不可欠であることがわかります。特にクローズドスキルの種目においては、動作の精緻化に運動イメージが強く貢献するため、フォーム習得期に集中的に導入することで習熟を加速させることが可能です。アスリートの運動学習を考える際には、運動イメージと運動準備の神経学的重なりを活かした戦略的トレーニングが、身体的な実践と同様に重要であることを理解すべきです。「脳から始める運動学習」という視点は、今後のトレーニング科学の中心的な考え方のひとつになるでしょう。

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