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中枢神経系における「内部モデル」の存在

運動を巧みに遂行するためには筋骨格系の制御だけでなく、それを統合的に指令する中枢神経系の働きが極めて重要です。特にアスリートのような高精度かつ高速な運動を求められる場面では、視覚・体性感覚・前庭感覚などから得られる膨大な情報を迅速に処理し、適切な運動指令へと変換する必要があります。この一連の処理において、近年注目されているのが中枢神経系における「内部モデル」の存在です。

内部モデルとは運動の結果を予測したり、目的の感覚状態を達成するために必要な運動出力を算出したりする、神経系内の計算モデルのことを指します。これは工学の分野で用いられる制御理論にも類似しており、生体運動制御における「予測」と「修正」の根幹を担うと考えられています。特に二種類の内部モデル、すなわち「順モデル(forward model)」と「逆モデル(inverse model)」の存在が運動制御の文脈で重要視されています。

順モデルとはある運動指令を出したときに、身体がどのように動き、どのような感覚フィードバックが得られるかを予測するモデルです。たとえば、投球動作においてボールをリリースするタイミングや角度、筋出力などの運動指令に基づき、順モデルはその結果としてのボールの軌道や身体の感覚(加速度、筋緊張、皮膚感覚など)を予測します。このとき、順モデルには「遠心性コピー(efference copy)」と呼ばれる運動指令のコピーが入力され、それが環境との相互作用を模倣する「内部のシミュレーション回路」へと流れます。

一方で逆モデルは目標とする感覚状態、つまり「こういう動きを実現したい」という目標から、それを達成するために必要な運動指令を導き出すモデルです。アスリートにとってフォームの修正や反応動作の正確性を高める上で、逆モデルは非常に重要です。例えばスプリンターがスタートの号砲を聞いて最速で反応するには、聴覚刺激から必要な筋出力を即座に導き出す必要があり、これには洗練された逆モデルの存在が不可欠です。

またこうした内部モデルの精度は、練習や経験によって向上することが示唆されています。Kawatoら(1999)は、内部モデルの学習は小脳を中心とした神経回路網で行われ、エラー情報の蓄積と修正を通じて最適化されるとしています。小脳損傷患者では、運動の予測が困難となり、順モデルの精度が著しく低下することが報告されており、これは逆に、正常な小脳がいかに運動予測に貢献しているかを示す好例です。

さらにスポーツにおける「ゾーン状態」や「無意識の動き」も、内部モデルの自動化と関係しています。高レベルのパフォーマンス時には、感覚入力への依存が最小限に抑えられ、事前に学習された内部モデルによって運動がほぼ自律的に制御されます。Fitts and Posnerの段階的学習モデルにおいても、熟練者の段階では運動が意識的制御を離れて自動化されるとされており、これは内部モデルの定着と機能強化を意味します。

興味深いことに、内部モデルは筋出力の予測だけでなく、運動中に生じる自己の感覚の予測にも寄与しており、これにより自己運動による感覚と外部刺激を区別することができます。これがなければ、自身が発した運動による振動や刺激を「外部からの脅威」と誤認してしまい、適切な反応ができなくなります。こうした予測的制御機構の破綻は、統合失調症など一部の神経精神疾患において報告されており、内部モデルの重要性は神経疾患の理解にもつながります。

アスリートにとって内部モデルの獲得と洗練は、単なる技術向上だけでなく、自己感覚の統合や意識的負担の軽減、反応速度の最適化に直結しています。そのため、トレーニングやコーチングにおいても、感覚フィードバックを意識的に利用し、誤差学習を促進するプログラム設計が求められます。近年では、バーチャルリアリティやロボティクスを活用したフィードバックトレーニングも行われており、これらは内部モデルの再構築と精度向上に資する新たな手段となり得ます。

このようにアスリートのパフォーマンスの根底には、中枢神経系に構築された精緻な内部モデルが存在しており、それが運動の予測、修正、自己認識に関与することで、高度な身体制御を可能にしています。今後のスポーツ科学では、内部モデルを軸とした神経可塑性の評価やトレーニング法の開発が、一層のパフォーマンス向上につながると期待されます。

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