オーバートレーニング症候群とはスポーツ活動やトレーニングによって蓄積した生理的・心理的な疲労が、十分に回復されないまま継続し、結果として身体機能や精神状態に異常をきたす病的状態を指します。
オーバートレーニング症候群はオーバーワーク(短期間に非常に高強度の運動を行い、強い疲労感が生じる状態)や、オーバーユース(特定の部位に過度な負荷が蓄積し、局所的な障害が起きる状態)とは区別されます。オーバートレーニング症候群では、運動のパフォーマンス低下が長期的に続き、休息を取っても十分に改善しない点が特徴です。
初期には明確な身体症状が現れないことが多く、主な兆候としては「原因不明のパフォーマンス低下」があげられます。選手はこれを一時的なスランプと誤認し、さらにトレーニング量を増やしてしまうこともあります。しかしこの対応は逆効果であり、症状を悪化させる可能性があります。やがて全身倦怠感、慢性的な疲労、睡眠障害、体重の減少、集中力低下、抑うつ症状などが出現し、重篤な場合にはうつ病と臨床的に見分けがつかないほどの精神的な不調に至ることもあります。
この症候群の生理学的背景としては、視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸の機能障害が関与していると考えられています。HPA軸は身体のストレス応答を統括する内分泌系であり、長期的なストレス負荷がこれに障害を与えることで、コルチゾール、ACTH、テストステロン、甲状腺ホルモンなどの分泌に異常を生じます。Lehmannら(1993)の研究ではオーバートレーニング症候群の選手において、コルチゾール反応の鈍化と日内リズムの乱れが報告されています。これは身体がストレスに適切に反応できなくなっていることを意味します。
また心拍数や血圧の変化も重要な指標です。特に起床時心拍数の上昇、運動中の過度な心拍反応、運動後の心拍・血圧の回復遅延などが見られた場合には、過剰なストレス蓄積が示唆されます。Meeusen(2013)のレビューによると、これらの生理的指標と合わせて、心理的評価(たとえばPOMS:Profile of Mood Statesなどの心理検査)も用いることで、早期にリスクを察知できる可能性があると述べています。
予防と早期介入がオーバートレーニング症候群の管理において極めて重要です。特にトレーニングの質と量、栄養、睡眠、心理的サポートといった複数の要因をバランスよく保つことが求められます。トレーニング日誌をつけることや定期的な心拍・体重・食欲・睡眠のチェック、さらに日常の感情の変化に敏感になることが、自己モニタリングの基本になります。とくに慢性的な睡眠の質の低下や食欲不振は早期の警告サインであり、見逃してはならない要素です。
もしオーバートレーニング症候群が疑われる場合は、ただ休むだけでなく、医療的・栄養的・心理的な介入が必要です。トレーニングの中止や強度の大幅な低下に加え、ストレスマネジメントやリラクセーション、カウンセリング、時には薬物治療を組み合わせることもあります。また回復には個人差があり、性別、年齢、トレーニング歴、生活環境によって対応は異なります。