骨盤は人体の中で荷重の伝達および運動制御の両面において極めて重要な役割を担っています。その構造は前方と後方の二つのアーチに大別され、それぞれが異なる力学的機能を持ちつつ、全体としての安定性と可動性を両立させています。骨盤は静的な構造であると同時に、動的にも機能する柔軟な支持体であり、立位、歩行、座位といった日常動作の中で常に応力と反力を受けながら機能しています。
骨盤の後方アーチは仙骨の上部と両側の腸骨後部によって構成され、体幹からの荷重を下肢へと効率的に伝える機能を有しています。とりわけ仙腸関節はわずか数ミリの可動性しか持たない一方で、非常に強固な靭帯群によって補強されており、衝撃吸収と安定化の役割を担います。前方アーチは恥骨上枝や恥骨櫛、恥骨体などから成り、大腿骨からの床反力に応じて圧縮支持の柱として働くだけでなく、仙腸関節の離解を防ぐ「前方支柱」としての機能も担います。このように骨盤は二つのアーチ構造によって、上下方向の力を均衡的に分散させる設計となっており、力学的な観点から「構造体としての閉鎖力」を有しています。
歩行時や荷重動作においては、仙骨が前傾しながら腸骨が後方に回旋する動きが発生します。これにより仙腸関節にはねじれの力が加わりますが、その安定性は主に靭帯および筋の協調によって維持されます。仙骨と腸骨の間の微細な可動性は「ナットロール」とも呼ばれ、歩行や体幹の屈伸運動に同調して骨盤がダイナミックに動くことがわかっています(Snijders.1993)。特に仙腸関節は「自動ロック機構(self-locking mechanism)」を備えており、上下からの力が関節面を圧縮する方向に働くことでより高い安定性を生み出します。これは膝関節におけるスクリューホームメカニズムと類似したもので、荷重時に関節が受動的に安定化する重要な生体力学的特徴とされています。
また座位時においても骨盤の支持構造は変化します。体重は仙腸関節と腸骨下部を通って坐骨結節へと伝達されます。このとき前方アーチは坐骨結節から恥骨体、恥骨櫛へと構成される新たな支持ラインとなり、後方アーチと連動して骨盤底筋群を含む下部構造の安定化に寄与します。長時間の座位や姿勢不良はこの前方アーチおよび骨盤底筋群に持続的な負荷を与えるため、筋機能の低下や骨盤帯の不安定性を引き起こすリスクが指摘されています。
骨盤安定化に関与する筋群としては、腸腰筋、大臀筋、中臀筋、多裂筋、腹横筋などが挙げられます。これらは体幹および下肢と連動して動作するため、いわゆる「コアスタビリティ」の中心的構成要素とされます。特に腹横筋と多裂筋は仙腸関節に対する張力と圧縮力を提供し、骨盤輪の安定性を高める役割が報告されています(Richardson.1999)。したがって、これらの筋を意識的に活性化させるトレーニング、例えばドローインやブリッジ運動、ヒップリフトなどは、骨盤の安定化において有効とされる根拠があります。
さらに臨床研究においては、仙腸関節の不安定性が腰痛や坐骨神経痛といった症状に関連していることも多く報告されています(Laslett. 2005)。そのため骨盤帯の運動連鎖や筋機能の再教育は、疼痛管理および機能的リハビリテーションにおいて極めて重要な対象とされています。