トレーニングによって筋肉が増えるのは、筋肉の中で「筋タンパク質の合成」が活発になるためです。筋トレを行うと筋肉に負荷がかかり、小さな損傷が生じます。この損傷を修復しようとする体の働きが、筋肉を以前よりも強く大きくしようとするのです。
このとき、体内ではさまざまな化学反応や情報のやり取りが行われます。その中心となるのが「IGF-1(インスリン様成長因子1)」という物質です。筋肉に負荷がかかるとIGF-1、特に筋肉特有の「MGF(メカノ・グロース・ファクター)」という型が多く分泌され、筋肉細胞の表面にある受容体に結合します。これによって、細胞の内部では一連の信号伝達がスタートします。
まず活性化されるのが「IRS-1」というタンパク質です。IRS-1が働くと「PI3K」という酵素が反応を起こし、さらにその下流にある「Akt(プロテインキナーゼB)」という酵素が活性化されます。Aktは、筋タンパク質の合成を促進する上でとても重要な役割を果たします。
Aktが活性化されると、「TSC2」というタンパク質の働きを抑えます。TSC2は普段「mTORC1(エムトール・シーワン)」という筋合成をコントロールする大元のスイッチを抑えているのですが、TSC2が抑えられることでmTORC1が活発に働くようになります。
さらに、Aktは「PRAS40」という別の抑制因子をmTORC1から外す作用もあります。このようにして筋合成を妨げていたブレーキのような仕組みが解除され、mTORC1という合成促進のスイッチが完全にONになります。
mTORC1が活性化されると、筋細胞の中でタンパク質を作る工場である「リボソーム」が活性化され、筋タンパクの合成が盛んになります。これによって、トレーニングで傷ついた筋肉が修復されさらに太く強くなるのです。
この一連の流れは、多くの科学的研究で明らかにされています。例えば、Bodineら(2001年)の研究では筋肉に負荷をかけるとIGF-1を起点とするAkt/mTOR経路が活性化し、それが筋肥大につながることが示されています。また、Goodmanら(2011年)は、mTORC1の働きが筋タンパク質の合成量を決定づける主要因であると報告しています。
さらに、トレーニングによって筋肉に小さなダメージが加わると、「サテライトセル(衛星細胞)」と呼ばれる筋肉の元となる細胞が活性化します。これらの細胞は傷ついた筋繊維に合体し、新しい筋核を供給することで、筋肉の成長と修復を助けます。この仕組みは「マイオン核ドメイン理論」としても知られており、筋肉がより大きくなるために必要な重要な働きとされています。
このように、トレーニングによって筋肉が増えるのは単に「たくさん動いたから」というだけでなく、体の中でIGF-1を起点とする分子レベルの精密なシステムが働いているからなのです。そしてその最終的な目的は、体をより強く適応させ、次に同じ負荷がかかっても耐えられるようにするためだとされています。