ジャンプ動作の着地時には、私たちの体に大きな負荷がかかります。その中でも特に重要な役割を果たすのが「体幹」、いわゆるコアの安定性です。実は体幹というのは、私たちの体全体の質量の約65%を占めており、ジャンプからの着地動作においては、下肢と比較しても体幹の慣性モーメントが約5〜6倍にもなると報告されています。つまり、体幹が動作において持つ“重さ”や“回転の影響力”が非常に大きく、そのコントロールがうまくいかないと、着地時に姿勢を保てなかったり、関節に過剰な負担がかかったりすることになります。
着地の瞬間には、体幹が一気に安定しなければなりません。GrillnerやCresswellらの研究によれば、着地の直前に腹腔内圧、つまりお腹の中の圧力が急激に上昇することが分かっています。この腹腔内圧の急上昇が、脊柱や体幹全体を内側から安定させる働きをしていると考えられています。さらに興味深いのは、この圧力の上昇や体幹の筋肉の活動が「着地の前」に起こっている点です。つまり、脳や神経があらかじめ「これから衝撃が来るぞ」と予測して、体幹の筋肉に準備をさせているということなんです。これを「フィードフォワード制御」と呼びます。
腹腔内圧(Intra-Abdominal Pressure:IAP)は、脊柱や内臓をしっかりと支えるために働きます。体幹の筋肉と連携しながら、脊柱を安定化させるメカニズムの一つです。体幹の筋肉には大きく分けて、腹直筋や脊柱起立筋といった「表層筋群」と、腹横筋や内腹斜筋といった「深部筋群」があります。表層筋群は主に身体の動きをコントロールしたり、重心を調整したりする役割があります。一方で、深部筋群は骨盤や脊柱をしっかり固定するという、より安定性に関わる働きをします。
Kulasの研究では、着地動作における筋肉の活動を詳しく分析しています。その結果、腹横筋や内腹斜筋の活動が、腹直筋や外腹斜筋に比べて、着地の前からより高いレベルで始まっていることが分かりました。つまり、体幹の安定性を確保するためには、まず深部筋である腹横筋や内腹斜筋が先に働き始め、着地の準備を整えた後に、表層筋が動いて身体を支えるという“順番”がとても重要だということです。
スポーツの現場では、体幹には重力だけでなく、急な動きによる加速度、さらには他者との接触など、さまざまな外力が加わります。そのため、特に腰部への負担が集中しやすく、腰痛などの障害が起こりやすいのもこの理由からです。こうした力学的ストレスから体を守るためには、筋力だけでなく、体幹をしっかりと固定する仕組み、つまり腹腔内圧をうまく使えるかどうかがカギになります。
かつては、腹腔内圧は主にスクワットなどの重量を扱うトレーニング時に、脊柱を守るための“サポート”として注目されていました。しかし近年では、この腹腔内圧が「力を効率的に伝える」ための重要な役割を持っていることが明らかになっています。例えば、身体をひねるような回旋動作において、腹腔内圧がしっかりと上がっていることで、脊柱がぶれずに安定し、回旋動作がスムーズに、そして力強く行えるという報告もあります。
つまり腹腔内圧のコントロールは、単に体を守るための“守備的”な働きだけでなく、運動パフォーマンスを引き上げる“攻撃的”な要素でもあるということです。体幹の安定性が高まることで、四肢の動きがよりスムーズに、力強く発揮されやすくなり、結果的にスポーツ動作の質が向上するというわけです。
もちろん実際の競技場面では、体幹の筋肉そのものが発揮する力だけでは足りません。繰り返しになりますが、外からの衝撃やひねりなどに対して、いかに素早く、効率よく体幹を安定させられるかが重要です。その中でも、「腹腔内圧を高める能力」=「IAP上昇能」は、これからのトレーニング評価や、パフォーマンス向上を目指す上での重要な指標になっていくはずです。