膝関節の安定性やスムーズな動きにおいて、実は非常に重要な役割を果たしているのが「膝窩筋(popliteus muscle)」です。聞き慣れない筋かもしれませんが、この小さな筋肉が膝の屈曲や回旋、さらには関節の安定性を支える“影の立役者”なんです。
まず膝窩筋の大きな役割として、「膝関節のロックを解除する」ことが挙げられます。私たちの膝は完全に伸ばしたとき(伸展位)に自然と“ロック”されて安定する構造になっています。これは「screw home movement(スクリューホームムーブメント)」と呼ばれ、大腿骨に対して脛骨がわずかに外旋することで関節が固定される仕組みです。
しかし、たとえばスクワットのように膝を曲げていく動作では、このロックを解除する必要があります。ここで登場するのが膝窩筋です。膝窩筋は大腿骨を外旋させる(または脛骨を内旋させる)作用を持っており、このわずかな回旋によって膝のロックを解除しスムーズに屈曲へ移行できるようにしてくれています。
ちなみに他の膝屈筋(たとえばハムストリングスなど)は、膝が伸びた状態ではほぼ垂直方向に力がかかるため、回旋トルクを生み出す力が弱いです。それに対して膝窩筋は斜め後方から膝関節をまたぐように走行しているため、伸展位でも効率よく回旋トルクを発揮できます。これが「膝関節のキーとなる筋」と呼ばれる理由のひとつです。
膝窩筋にはもうひとつ重要な役割があります。それは膝関節の“動的安定性”をサポートすることです。特に膝の内側や外側への過剰な動きを抑える制御機能があり、これによって関節構造へのストレスを軽減しています。具体的には膝窩筋は遠心性収縮(筋肉が伸ばされながらも力を発揮する動き)によって膝の外反や過剰な回旋を抑え、内側側副靭帯(MCL)や後内側関節包、さらには前十字靭帯(ACL)への負担を減らします。これは特に動的な運動、たとえば方向転換や着地時のブレを抑えるうえで非常に重要です。
また膝窩筋は膝関節の後外側構造(posterolateral corner)に位置しており、ここには膝窩腓骨靭帯や腓骨頭筋膜といった安定化構造が集まっています。この部分の機能不全は膝の不安定性や前十字靭帯再建後の合併症のリスク因子とされており、近年の研究では膝窩筋を含む後外側構造の機能評価と強化が注目されています。
膝窩筋の働きはスポーツ動作の中で見過ごされがちですが、ジャンプや着地、スクワット、ランジといった多くの動作で関与しています。特に膝関節の安定性が重要なアスリートや高齢者においては、膝窩筋の機能維持・強化が非常に大切になります。リハビリの現場では、膝窩筋の遠心的なコントロールを意識したトレーニング、たとえばスローな片脚スクワットや軽い抵抗を使った膝内旋の動きなどが取り入れられています。こうしたトレーニングは膝の痛みや不安定感の予防・改善にもつながります。