ヒトの運動発達において「ファンダメンタル・ムーブメント(Fundamental Movement)」の獲得は、生涯にわたる身体活動の基盤を形成する重要な要素です。ファンダメンタル・ムーブメントとは歩く、走る、跳ぶ、投げる、捕る、蹴る、バランスをとるなどの基本的な運動スキルのことであり、これらは幼少期から段階的に発達し、後の高度なスポーツスキルや運動能力の土台となっていきます。
この運動発達のプロセスは神経系の成熟、筋骨格系の発達、環境との相互作用によって形作られます。運動学習理論の観点からニューロンの可塑性(neuroplasticity)や運動制御の発達に関する研究では、幼少期に多様な運動経験を積むことで神経ネットワークが効率的に形成されることが示唆されています(Adolph & Hoch、2019)。特に未熟な運動制御機構を持つ幼児は試行錯誤を繰り返すことで最適な運動パターンを獲得し、適応的な運動戦略を発展させていきます。このプロセスは「ダイナミカルシステム理論(Dynamic Systems Theory)」とも関連し、個体の発達には環境や課題の変化が不可欠であることを示しています(Thelen & Smith、1994)。
また幼少期における運動の多様性は、モーターコンピテンス(Motor Competence)を高め、後のスポーツや日常動作の習得を円滑にすることもわかっています。Gallahue & Ozmun(2011)の研究によれば、ファンダメンタル・ムーブメントは「安定系(バランスや姿勢制御)」「移動系(歩行、走行、跳躍)」「操作系(投擲、捕球、蹴り)」の三つのカテゴリーに分類され、それぞれが相互に発展しながら統合されることでより複雑な運動スキルへと移行すると考察されています。このため幼少期に特定のスポーツに特化するのではなく、多様な運動経験を積むことが、長期的な運動能力の向上に寄与することが明らかになっているのです。
さらにファンダメンタル・ムーブメントの獲得には、認知機能との関連も指摘されています。特に運動と実行機能(executive function)との関係についての研究では、前頭前野の発達と運動経験が相互に影響を及ぼすことが示されています(Diamond、2000)。幼少期における運動の機会が制限されると注意力、抑制制御、ワーキングメモリといった認知機能の発達にも影響を与え、学習能力や社会的スキルの獲得にも影響を及ぼす可能性があります。この点からも幼少期のファンダメンタル・ムーブメントの獲得が、単なる運動能力の向上にとどまらず、全人的な発達に重要であることが分かります。
一方で近年の生活環境の変化によって、幼少期の身体活動の減少が指摘されている問題です。特に都市部では安全性の問題やデジタル機器の普及により、自由に体を動かす機会が減少しているといわれています。これにより子どもたちの基本的な運動能力の低下が懸念されており、実際に子どもの体力テストの結果が低下しているという報告もあります(Tomkinson、2019)。このため幼少期から適切な運動環境を提供し、意図的に身体活動を促進することが健康的な発達のために不可欠であると考えられています。